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新潟地方裁判所 平成4年(わ)48号 判決

国籍

大韓民国

住居

新潟県南魚沼郡六日町大字六日町七三番地七

遊技場経営

呉相

一九二〇年四月一四日生

国籍

大韓民国

住居

新潟県南魚沼郡六日町大字六日町七三番地七

遊技場経営

呉日煥

一九四七年四月二八日生

右両名に対する各所得税法違反被告事件について、当裁判所は、検察官粂原研二出席の上審理し、次のとおり判決する。

主文

被告人呉相を罰金二〇〇〇万円に、被告人呉日煥を懲役一年六月及び罰金二五〇〇万円に処する。

被告人両名においてそれぞれその罰金を完納することができないときは、金一〇万円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置する。

被告人呉日煥に対し、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予する。

理由

(罪となるべき事実)

被告人呉相は、新潟県南魚沼郡六日町大字六日町七三番地七に居住し、「パチンコ富士塩沢店」の名称で遊技場を営んでいるもの、被告人呉日煥は、同所に居住し、「パチンコ富士六日町店」等の名称で遊技場を営むとともに、右「パチンコ富士塩沢店」の業務全般を掌理するものであるが、

第一  被告人呉日煥は、被告人呉相の業務に関し、所得税を免れようと企て、「パチンコ富士塩沢店」の売上収入を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、

一  平成元年分の実際総所得金額が七二〇〇万〇〇九七円であったにもかかわらず、平成二年三月一二日、新潟県小千谷市大字生乙七二五番地の三所在の所轄小千谷税務署において、同税務署長に対し、平成元年分の総所得金額が三二二六万一九六七円で、これに対する所得税額が一一八一万九〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額三〇六八万八五〇〇円と右申告税額との差額一八八六万九五〇〇円を免れ、

二  平成二年分の実際総所得金額が一億七八七八万七六八六円であったにもかかわらず、平成三年三月一二日、前記小千谷税務署において、同税務署長に対し、平成二年分の総所得金額が二一三三万五六〇〇円で、これに対する所得税額が六三五万六〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額八四〇八万二〇〇〇円と右申告税額との差額七七七二万六〇〇〇円を免れ、

第二  被告人呉日煥は、自己の所得税を免れようと企て、「パチンコ富士六日町店」等の売上収入を除外するなどの方法により所得を秘匿した上、

一  平成元年分の実際総所得金額が二億二六二二万〇七一七円であったにもかかわらず、平成二年三月一二日、前記小千谷税務署において、同税務署長に対し、平成元年分の総所得金額が一億二四〇七万八八四九円で、これに対する所得税額が五七五三万九〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億〇八三六万二五〇〇円と右申告税額との差額五〇八二万三五〇〇円を免れ、

二  平成二年分の実際総所得金額が二億四五三七万五五七二円であったにもかかわらず、平成三年三月一二日、前記小千谷税務署において、同税務署長に対し、平成二年分の総所得金額が一億四二七〇万六二六七円で、これに対する所得税額が六六八五万三〇〇〇円である旨の虚偽の所得税確定申告書を提出し、そのまま法定納期限を徒過させ、もって、不正の行為により、同年分の正規の所得税額一億一八一八万七五〇〇円と右申告税額との差額五一三三万四五〇〇円を免れ

たものである。

(証拠の標目)

判示事実全部について

一  被告人呉日煥の当公判廷における供述(同被告人につき)

一  被告人呉日煥の検察官に対する供述調書

判示冒頭及び判示第一の各事実について

一  被告人呉相の当公判廷における供述

一  被告人呉相の検察官に対する供述調書

判示第一及び第二の各事実について

一  検察事務官作成の「報告書」と題する書面

判示第一の各事実について

一  大蔵事務官作成の売上金額調査書(記録第四九号のもの)、仕入金額調査書(記録第五〇号のもの)、給料賃金調査書(平成四年二月五日付けのもの)、減価償却費調査書(同月四日付けのもの)及び福利厚生費調査書(同月四日付けのもの)

一  大蔵事務官作成の事業主貸調査書及び預貯金調査書(記録第五六号のもの)(被告人呉相につき)

一  小千谷税務署長作成の「回答書」と題する書面(呉相に関するもの)

判示第一の一の事実について

一  大蔵事務官作成の平成四年二月七日付け脱税額計算書(平成元年分)

判示第一の二の事実について

一  大蔵事務官作成の平成四年二月七日付け脱税額計算書(平成二年分)

判示第二の各事実について

一  大蔵事務官作成の売上金額調査書(記録第三一一号のもの)、その他の収入調査書、絵画調査書、仕入金額調査書(記録第三一三号のもの)、給料賃金調査書(平成四年一月二八日付けのもの)、減価償却費調査書(同月二九日付けのもの)、利子割引料調査書、旅費交通費調査書、広告宣伝費調査書、接待交際費調査書、消耗品費調査書、福利厚生費調査書(同月二八日付けのもの)、預貯金調査書(記録第三二七号のもの)及び貸付金調査書

一  小千谷税務署長作成の「回答書」と題する書面(呉日煥に関するもの)

判示第二の一の事実について

一  大蔵事務官作成の平成四年二月四日付け脱税額計算書(平成元年分)

判示第二の二の事実について

一  被告人呉日煥の大蔵事務官に対する供述調書二通

一  大蔵事務官作成の支払手数料調査書、桜木亭関係費調査書及び不動産所得調査書

一  大蔵事務官作成の平成四年二月四日付け脱税額計算書(平成二年分)

(事実認定の補足説明)

一  弁護人の主張

弁護人は、「検察官は、判示第二の二について、売上高の除外に関し絵画売上除外金として一億四一〇〇万円を計上しているが、そもそも右絵画(絵画三点。以下「本件絵画」という。)を売却した相手方は、検察官が主張するような森田猛(以下「森田」という。)個人ではなく、同人が代表取締役を務める有限会社エムティであり、かつ、被告人呉日煥においては右売却代金の支払のために同社振出の約束手形を受け取っていたところ、平成二年一〇月に右約束手形が不渡りとなった上、同社は銀行取引停止処分を受けて倒産状態となった。したがって、同被告人の所得を計算するにあたっては、右売却代金債権を貸倒損失として、必要経費に算入すべきものである。それにもかかわらず、検察官はこれを算入しないばかりか、逆に絵画売上利益金として二九〇〇万円を計上している。右のように貸倒損失と認定すれば、同被告人の同年分の実際総所得金額は、その申告にかかる総所得金額を下回るのであり、同被告人には逋脱所得はない。また、同被告人において右売却代金債権の回収が不可能であると認識していたのであるから、仮に売上高に計上されるにしても、この部分につき逋脱の故意はない。いずれにせよ同被告人は無罪である。」と主張する。

二  当裁判所の判断

1  本件絵画の買主について

本件絵画の買主に関しては、(1)本件絵画の取引話しは、画商である柳原連治(以下「柳原」という。)から被告人呉日煥に対してもたらされたものであるところ、同被告人は、柳原から森田が富山市において画廊を開設する予定であり、同人の親族には資産家がおり、森田自身も経済的に信用できる旨聞いて、本件絵画の売却を決意したこと、(2)同被告人は、本件絵画の取引話しが相当具体的に進展した後に、初めて有限会社エムティの名称を知るようになったにすぎないこと、(3)柳原を通じて受け取った約束手形の振出名義は有限会社エムティであるが、代金決済の手段として必ずしも買主本人の名前が表れていない約束手形の授受によることもあり得ること、などの諸点を指摘することができるのであり、買主は森田個人であるかのようにも窺える。

しかしながら、他面、(1)被告人呉日煥は、柳原を通じて約束手形を少なくとも五通受け取ったが、前示のとおり、その振出名義はいずれも有限会社エムティである上、その名義自体について柳原に苦情を申し出たことはなかったこと、(2)同被告人は、税務査察後に、同社に対して本件売却代金債権を放棄する旨の意思表示を行い、平成三年分の所得税の確定申告においては、これを前提にして売却代金債権を貸倒損失として計上し、税務当局において受理されており、本件公訴提起の段階においてもなお右処理が維持されていること、などの諸点も指摘することができるのである。加えて、同被告人は、当公判廷において弁護人の前記主張に沿う供述をし、また、捜査段階における供述内容からも買主が森田個人であることを一義的に断定しえない状況にある。

2  貸倒損失について

そこで、本件絵画の買主については、まず、弁護人が主張する有限会社エムティを前提として、本件絵画の売却代金債権が貸倒損失となったか否かを判断する。

関係各証拠によれば、確かに、(1)被告人呉日煥が、柳原を通じて、有限会社エムティ振出にかかる、少なくとも五通の約束手形(額面金額が三八〇〇万円のもの一通、三七五〇万円のもの一通、三〇〇〇万円のもの二通及び二五〇〇万円のもの一通)を受け取ったこと、(2)そのうち額面金額三〇〇〇万円のもの一通及び三七五〇万円のもの一通が、平成二年一〇月中旬から下旬にかけてそれぞれ不渡りとなったこと、などが認められる。

しかしながら、他面、(1)被告人呉日煥は、本件絵画の売却先を決めるにあたって、画商として長年にわたり絵画取引に通じていた柳原を信用し、同人に勧められて取引したのであり、この種の取引にあたっては、仲介者の信用に依存する度合いがきわめて強いものであること、(2)前記約束手形五通の額面合計金額は一億六〇五〇万円であって、本件絵画の売却代金額を優に上回るものであるところ、当時、柳原が有限会社エムティ又は森田個人との間で取り扱った絵画取引額は約五億円にのぼるのであり、その中に同被告人の本件絵画の取引も含まれており、柳原が取り扱った絵画取引全体の決済のために同人が受け取っていた有限会社エムティ振出名義の多数の約束手形のうちの数通を同被告人に対して交付したものであること、一方、同被告人は、昭和六二年ころから絵画取引によって儲けようと考えていたのであり、本件絵画の売却代金の決済手段としては、柳原に対して現金による支払を要求し、それがかなわず同人から約束手形数通を受け取ったものであること、そして、同被告人は、柳原から受け取った約束手形数通を自ら取り立てることなく、これを同人に渡した上、同人に対して、右約束手形を取り立てて、前記売却代金一億四一〇〇万円のうち同人の仲介料を除いた一億三〇〇〇万円を支払うように求めたところ、前示のとおり、平成二年一〇月中旬から下旬にかけて右約束手形の一部が不渡りとなったものであること、すなわち、このような経緯からすれば、前記約束手形数通は、正確な意味において本件絵画の売却代金に対応するわけではないのであるから、柳原における全体的な回収の状況などを度外視して前記債権の回収が不可能であると断ずべきものではないこと、(3)有限会社エムティは、平成二年七月上旬に設立登記がなされたところ、同社名義の銀行の普通預金口座において平成三年一二月に至るまで取引事実があり、その規模はさておき、事業は継続中と見るべき状態にあったこと、(4)同社自体は、その代表取締役である森田のいわば個人企業にすぎないのであって、同社の信用は森田の信用状況に依存するものであるところ、同社名義の銀行預金口座には、平成二年七月から一〇月中旬までの間に森田やその親族、森田が取締役を務めている会社等の名義で多額の入金がなされていた上、同年一〇月中旬以降においても右のような名義による銀行預金口座が多数存在し、それらの中には、同年末現在においても預金残高が二億円を上回っていた定期預金口座や、森田や柳原等の名義で多額の入金が繰り返されていた普通預金口座などが含まれていること、(5)有限会社エムティについては、平成二年及び三年中に破産、会社更生等の申請はなかったこと、(6)柳原が、平成二年一二月に大橋秀雄弁護士に売却代金債権の回収を依頼する際、同被告人も柳原の意向に同調して右弁護士に対して支払うべき着手金等二〇〇万円を負担しており、同被告人の意識としても少なくとも同年中は回収の意図を有していたこと、そして、柳原から右弁護士を通じて森田を刑事告訴した旨聞いたのは翌平成三年に入ってからのことであったこと、(7)同被告人は、結局、平成二年中は有限会社エムティに対して売却代金債権を放棄又はその債務を免除しなかった上、同年分の所得税の確定申告をするにあたって正規の貸倒損失の手続をしなかったこと、その点、同被告人は、右手続をしなかったのは前年度より減益として申告することによって金融機関からの融資を受けることが困難ないし円滑にいかなくなることを恐れたからである旨弁解するが、パチンコ店の売上除外をも含め、正規の確定申告をしていれば、弁護人の試算によっても実際総所得金額は前年度の申告総所得金額を優に上回るのであるから、全く理由にはならないこと、などの諸点を指摘することができるのである。

貸倒損失があったというためには、債務者に対する債権の回収が客観的に不可能であったことが認められなければならないところ、以上に指摘した諸点、すなわち、本件絵画の取引形態、被告人呉日煥が受け取った約束手形数通の性格、買主である有限会社エムティの事業状況、その企業形態、その経営者及び関係者の資産状況、右約束手形数通が不渡りとなった後の同被告人の行動などからすれば、約束手形の不渡りから僅か二か月位しか経過していない平成二年末の段階において既に買主に対する債権の回収が客観的に不可能であるとまではいえないのであり、また、同被告人の当公判廷における、平成二年一一月には回収が不可能であると認識した旨の供述も、前後の供述内容からして曖昧かつ不合理であって到底信用することができず、結局、本件絵画の売却代金債権は同年中において貸倒損失とはならないことが認められるのである。

なお、本件絵画の買主が森田個人であるとすれば、関係各証拠により、貸倒損失とはならないことが明らかである。

3  逋脱の故意について

次に、被告人呉日煥について、平成二年分の所得税に対する逋脱の故意があったか否かを判断する。

2で検討したように、本件絵画の売却代金債権は同年中において貸倒損失とはならず、関係各証拠によれば、同被告人については判示第二の二で指摘したとおりの逋脱所得が認められるところ、そもそも、同被告人は、前示のとおり昭和六二年ころから絵画取引によって儲けようと考え、取引に関わるようになったが、当初から帳簿などは一切記帳せず、絵画取引をすべて簿外で行っていたのであり、貸倒損失と評価されるから申告しなかったということではないのである。弁護人の同意によって取り調べられた同被告人の捜査段階における各供述調書中の絵画取引の犯意に関する部分について、その信用性を疑わせるような事情は見出し難いのであり、同被告人には逋脱罪の成立に必要な犯意に欠けるところはない。これに反する同被告人の当公判廷における供述は到底信用することができない。

4  まとめ

以上の次第で、弁護人の主張は採用の限りではない。

(法令の適用)

被告人呉相の判示第一の各所為はいずれも所得税法二三八条一項、二四四条一項に該当するところ、情状により同法二三八条二項を適用し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、同法四八条二項により各罪所定の罰金の合算額の範囲内で同被告人を罰金二〇〇〇万円に処し、被告人呉日煥の判示第一及び第二の各所為はいずれも所得税法二三八条一項に該当するところ、同被告人の判示第一及び第二の各罪について、いずれも情状により同条二項を適用した上、所定刑中懲役刑及び罰金刑を選択し、以上は刑法四五条前段の併合罪であるから、懲役刑については同法四七条本文、一〇条により犯情の最も重い判示第一の二の罪の刑に法定の加重をし、罰金刑については同法四八条二項により判示第一及び第二の各罪の罰金額を合算し、その刑期及び罰金額の範囲内で同被告人を懲役一年六月及び罰金二五〇〇万円に処し、被告人両名に対し、それぞれその罰金を完納することができないときは、同法一八条により金一〇万円を一日に換算した期間、その被告人を労役場に留置し、被告人呉日煥に対し、情状により同法二五条一項を適用して、この裁判確定の日から三年間右懲役刑の執行を猶予することとする。

(量刑の理由)

本件は、パチンコ店を営む被告人親子が、各自の営業店舗においてそれぞれ多額の利益を上げながら、平成元年及び二年の各二年分の所得に関し、息子である被告人呉日煥が、父である被告人呉相の営業店舗分も合わせて合計四億円余りの所得を秘匿し、被告人両名で合計約二億円にものぼる多額の所得税を免れたという事案である。本件については、まず、逋脱税額が多額であるのみならず、その逋脱率も被告人呉相の営業店舗分では平均八四パーセントという高率であることを指摘しなければならない。また、被告人呉相は、自己の営業店舗の業務・税申告を漫然と被告人呉日煥に任せていたところ、被告人呉日煥が所得を秘匿し、その方法は、売上及び仕入の両落としを行い、除外後の金額を記帳する一方で真実のデータ表を破棄するなどというものであって、大胆である。翻って、動機についてみても、不況等に対する備蓄に加えて、被告人呉日煥においては自己の知人等に対する貸付資金の捻出や、父呉相においては祖国韓国への寄附金等の捻出といった個人的事情も強いのであって、格別酌量すべきものではないのであり、さらに、この種事犯が及ぼすであろう一般市民の納税意識に対する影響についても看過することもできず、被告人両名、特に被告人呉日煥の刑事責任を軽視することはできないのである。

しかしながら、被告人両名に対しては約九か月に及ぶ税務査察及び公判を通じて反省の機会が与えられたこと、被告人両名とも、本件起訴分及びそれに先立つ昭和六三年分について、それぞれ修正申告を行い、正規の所得税、重加算税、延滞税等を完納していること、被告人呉相はパチンコ事業から引退し、その分も含めて事業全般を統括することとなった被告人呉日煥は、二度と逋脱行為を繰り返さないように事業を法人化し、経理担当者を置くなど経理の明朗化に努めていること、被告人呉相にはこれまで格別の前科前歴がないこと、被告人呉日煥は、これまで事業家として地域社会の活動に貢献してきたのであり、前科前歴を有しないことなど被告人それぞれについて酌むべき諸事情も認められるので、これらを勘案して、主文掲記の量刑とした次第である。

よって、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 森眞樹 裁判官 山本武久 裁判官 片山隆夫)

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